ルーツを調べながら各地を旅行するのが好きな与平次の独り言。日々の雑感など。


by uranoke
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2005年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

諸国の浦野氏

29~30日は仕事で東京へ出張になったため、今回は妻を一緒に連れて行きました。私は仕事なので動き回れないのですが、せっかく東京へ行くので、妻に国立国会図書館の資料を見てきてもらったのです。

当HPでも紹介している浦野氏の本流とも云うべき尾張や信濃の一族以外の情報を入手することが出来ました。上野国、武蔵国、三河国、京都、安芸国、伊勢国、岩代国の浦野氏に関する情報です。近々HPでも紹介します。

結局、私は時間がなくて行けなかったのですが、国立国会図書館は全て検索が電子化していて、事前に端末機から図書を呼び出して、窓口に取りに行くというシステムになっているそうです。便利そうではありますが、実際に本棚の前であれこれ本を取り出して調べることができないのが、ちょっと残念ですね。
[PR]
by uranoke | 2005-11-30 22:30 | 調査日記

検索ワードランキング

当HP開設以来、本日までの検索サイトからの検索ワードランキングです。

 1位 468件 浦野
 2位 255件 北海道の歴史
 3位  98件 浦野家
 4位  50件 浦野氏
 5位  46件 丸に剣方喰           
 6位  43件 先祖調査       
 7位  40件 系譜 
 8位  39件 苗字     
 9位  38件 北海道開拓の歴史       
10位  24件 家の歴史    

全国の浦野さんのご訪問がますます多くなってきました。ありがとうございます。掲示板に是非情報をお寄せ下さい。
[PR]
by uranoke | 2005-11-27 11:49 | HP運営

役場からの返答

昨日、役場から手紙が届きました。実は先週、5世祖父の除籍謄本を郵送で請求していたので、その返事です。結果から言うと、残念ながら該当する戸籍は存在しないとのことで、書類が戻って来てしまいました。

戸籍を請求した5世祖父とは、私の「母の母の父の母の父」にあたる人物です。わけが分からなくなるような関係ですが、れっきとした直系先祖(自分がこの世に存在するために必要な人物)です。これまでの調べで高祖母(母の母の父の母)が安政2年の生まれでしたので、さすがにその父の戸籍は難しいと思ったのですが、もし明治期まで生きた人物であれば可能性はあります。そこでダメ元で出したのですが、やっぱりダメだったというわけです。

先祖の調査というのは、こうゆうことの連続です。無理だと思って、結局無理ということも多いですが、信じられない事実が隠されていることもあります。実際に確かめてダメだったならば、「そこでは手がかりが分からなかった」という事実が分かります。

これからも少しずつ空白を埋めながら調査を進めていきます。
[PR]
by uranoke | 2005-11-26 00:46 | 調査日記

祖父の姉の嫁ぎ先は能登

今日は願いを込めて1通の手紙を送りました。
宛先は能登。私の祖父の姉の嫁ぎ先である可能性が高いのです。

祖父も祖父の姉も明治時代に北海道で生まれました。しかし、曾祖父の代までは能登の人間だったので、どうやら何かと能登とは交流があったようです。

ところが実際のところ、一体どういった理由で能登から北海道に渡ったのかなど、その経緯については、ここまで色々調べても全くもって不明です。

口伝では、私の小さい頃、父から浦野家は石川県七尾から来たと言われていましたが、私が成人して実際に調べてみると、少なくとも幕末期以降については、石川県は石川県でも七尾とは程遠い珠洲から来たことが分かりました。その他の親族を調べても、「七尾」という地名は一度も出てきたことはなく、これが私にはどうにも理解できないのです。

父は一度も北陸など行ったことのある人間ではないので、そもそも石川県の地名など知りません。それなのに、父は昔からしっかりと「七尾」と明言しているのです。かつて祖父から聞いたこというのですが、祖父は北海道で生まれていますし、曾祖父も珠洲の生まれでした。

そんな中で、父が昔会ったことがある祖父の姉妹に、かつて能登の家に嫁いだ者がいるという話を聞いたことがあります。戸籍を調べると、確かに祖父の姉にあたる人で、北海道で生まれていながら能登へ嫁に行った者がいます。嫁ぎ先の姓も父から伺った話と一致していました。

私は、もしかしたらこれは先祖が北海道へ移住する経緯、そして移住後の能登との関係を明らかにできる糸口になるかもしれないと思いました。早速、能登の電話帳で該当する地方を調べたところ、戸籍に残された本籍地と非常に近いところに同姓の方がいることが分かりました。もしかしたら祖父の姉の子孫かもしれないと思い、早速、手紙を書いたのです。

全く無関係の方かもしれませんが、結果を楽しみに待ちたいと思います。
[PR]
by uranoke | 2005-11-15 23:23 | 調査日記
URL: 浦野姓の分布

浦野氏が各地にどのように分布しているのかを調べるために電話帳データから分布図を作っていた作業が遂に全国の市町村全てにわたって終了しました。

作業は大変でしたが、なかなか面白いものでした。えっ、こんなところに?という所に集中していたり、各地の由来を調べてみたくなります。そして、それらの浦野氏がどのようなルートでその地に土着するに至ったのか非常に興味のあるところです。
[PR]
by uranoke | 2005-11-13 18:19 | HP運営

佐竹義宣の国替

昨日は図書館へ文献を調べに行って来た。
戸村氏について調べるために那珂町史を読みたかったのだけど、なぜか「古代」と「近代・現代」の2冊しかない。一番調べたい時期のものがないので図書館員に聞いたら、「初めから当館にはこの2冊しか置いてません」とのこと。そんな半端なことって・・・。まあでも別の郷土史を見つけたからよかった。那珂町は去年の11月に市町村合併に伴って那珂郡から那珂市になった。だから那珂市立図書館が近々建設されるらしい。そうなるとコアな文献が多く蔵書されるのだろう。

あと佐竹義宣の国替に関する文献はいくつか見つけたので禁帯出でないものだけ借りてきた。実はこの辺の話は、これまで興味がなくて全然知らない。昨晩ちょっと読んでみたけど、面白そうだ。関が原の戦いで徳川方に付かなかった佐竹氏の常陸国没収から秋田移封後の立ち上げまで小説仕立てで書かれている。自分の生き方がそのままで小説のようだなんでカッコイイなあ。
[PR]
by uranoke | 2005-11-07 22:53 | 調査日記
a0058649_17483290.jpg今日は、戸村氏の発祥地である茨城県那珂市へ行きました。戸村氏は元々、藤原秀郷の末裔である那珂氏の分流として、この地に起こったのですが、この戸村氏は、南北朝の争いのときに、南朝側に付いて戦いに敗れ、一族は滅亡しました。

この地は清和源氏の佐竹氏の領地となり、佐竹氏の末裔が滅んだ戸村城を再興し、再びここに戸村氏が起こったのです。ですから、これを佐竹戸村氏と呼んで、前の那珂戸村氏と区別しています。


今日、調査に行ったのは、那珂市戸(現在は「戸村」から「戸」という地名になっている)にある戸村城跡です。城を囲った堀や土塁の類は今でもしっかり残っていて、写真に収めてきました。土塁に周りに水路があるので、水路がかつての城郭を覆うように複雑に入り組んでいました。

戸村城は1600年代後半まで、佐竹氏によって守られていたのですが、関が原の戦の後に、秋田へ佐竹氏が移封されたのに伴って、戸村氏もこの地を離れ、佐竹氏と一緒に移ったのです。資料を整理したら、近いうちにホームページにもアップします。
[PR]
by uranoke | 2005-11-05 17:12 | 調査日記

何が起きたんだろう?

今日は与平次の運営するホームページのアクセス数が異常なまでに多いのです。先週に当HPがめでたく選定されたYahoo!JAPANのE-listも今日で掲載が終わってしまいました。たくさんの方々、来てくれてありがとうございました。

・・・って、掲載も終わったことだし、再び今まで通り、パラパラと見に来てくれる方のいるサイトに戻るかと思ったら、E-listに掲載されていたとき以上にアクセスがあって、スゴクびっくりしました。どうやらYahoo!JAPANのニュースレターみたいな記事に当HPのことが書かれていたらしいのです。

でも、こんなにルーツに興味を持っている人が多いとは思いませんでした。興味のある方が私のHPを見て、ルーツを辿るのは不可能じゃないし、誰でもできるってことが分かってもらえたら嬉しいです。

ただ、あえて注意点をあげると、過去のことをあまりほじくりかえされたくないって人も多いと思います。こういった先祖の調査では、やっている本人は、「自分は先祖供養になるとても大事なことをしてるんだ」と思いがちだけど、必ずしもそんなことはありません。過去を封印したいと思っている人にとっては、こういった調査は迷惑でしょうから、あくまでも自分の興味を満たすためだけということを念頭に置いたスタンスが大切なんでしょうね。

でも、こういったことを念頭に置いた上で言えば、実際のところ、親族の年配の方々には、自分のルーツにとても興味をもって話してくれる人は多いと思います。日本史の話題と今の自分は無関係じゃないってことが見えてくると楽しいのです。
[PR]
by uranoke | 2005-11-04 18:40 | HP運営

ブログに慣れるまで

今までホームページで掲載してきた「与平次の独り言」を全部こっちのブログに移動しました。といっても、元々そんなに量はなかったんですけど・・・。初めてなので、1つ1つの作業に手間取ってしまいます。そして、1つこなすごとに、なるほどと感心します。このブログって、過去の記事も書けるのか。というわけで早速、昨日のことを昨日の日付で書いてみます。便利、便利。

きっとホームページの運営よりは簡単そうですね。今はまだ慣れてないのでブログの方がドキドキしますが・・・。

でもブログの仕組みって、未だに良く分かりません。
一体誰がどうやって見に来てくれる仕組みになっているのだろう。ホームページの場合は、検索サイトや他のホームページのリンクを辿って見に行くんだけど、ブログはどうなっているかな?
[PR]
by uranoke | 2005-11-03 19:45 | 日々の雑感

ブログを開設してみた

 私、与平次が運営するサイト「浦野家の歴史と系譜」で掲載していた日々の雑感「浦野与平次の独り言」をこの度、ブログとして移植することにしました。
 ・・・でも、だいじょうぶかなぁ。
[PR]
by uranoke | 2005-11-02 18:30